「バカだな、ホアンホアンはとっくに死んだよ」

 タイトルはおそらく、ここでもよく取り上げられる「僕といっしょ」の中の台詞から。「ホアンホアン」はパンダではなく、主人公の切実な、でも端から見れば滑稽な不安を指しています。
 主人公は、常にこの社会から疎外感を感じていて、ひねくれて物を見るくせがついてしまった20歳の「僕」。幸せを素直に享受したことのない「僕」はある日、まだあまり知らないけれども、顔が可愛い女の子と付き合うことになります。デートの真似事のようなことをしているうちに、「僕」は段々彼女のことが好きになり、幸せを素直に享受することを覚えていくのですが、その一方で「彼女との幸せがいつ壊されるのか」という不安に毎日襲われることになります。
 「僕」がもっとも恐れているのは、他人の手によって無造作に「幸せを壊される」ことです。テレビ番組で友達の彼女を奪ったという話が出れば恐ろしくなり、レイプ犯の手記を読んで彼女を危険から遠ざけようとしたり、素人ナンパモノのアダルトビデオを見て、ナンパ師たちから身を守る術を彼女に知らせようとします。
 彼女は「僕」とは対照的で、幸せの壊れる瞬間を想像することなく毎日を過ごしています。それは不安を超克して得た境地というわけではなく、ただ単純に、世の中に溢れる恐ろしい事実と、自分の周りの平和がリンクしていないだけです。地続きではないという認識にあるわけです。
 どこまでを「自分の周り」と定めるかが異なる彼女と「僕」は、お互いの「自分の周り」を巡って侵食しあいます。「僕」は彼女の考える「自分の周り」に自らを同調させようと、不安の消去に努めます。彼女は今まで味わってこなかった「不安」を「僕」によって植えつけられていきます。しかし、少しの不安に耐えうるだけの免疫をつけていなかった彼女は、思いの外怯えることになり、やがてそこに二人の「幸せの終わり」が見え隠れするようになります。
 それに気付いた「僕」は、彼女をいたずらに不安にさせるような行動を慎み、やがて彼女は元の平和な毎日に舞い戻ることになります。
 物語の終盤、上野動物園でデートの際、「僕」は「ホアンホアンはとっくに死んだよ」と話します。その言葉は、彼女と解り合うことをあきらめる宣言になっているわけです。