『わにとかげぎす』完結 メモ版

 結論からいえば、『シガテラ』以降の古谷作品として、新たな発見とか前進とかはなかったと思う。ただ、それは怠慢とかそういったことでは全然なくて、誠実な姿勢を持って悩んでいる古谷実の姿がそのまま作品の迷走として反映されていた、ということだったのかな、と。
 クイックジャパン古谷実について組まれたとき、メディア露出を嫌う本人の代わりに登場した編集者の方によれば、古谷実は描きながら考えていくんだそうだが、全くそうなんだろうなあと思う。最初は迷走するけれども、突然何かを掴んで一気に加速するってのがよく見られる。
 今回は、最後まで迷走したまま終わった感がある。まだ完全に“シガテラ以後”に位置づけられる作品ではなかったと思う。が、いくつか“シガテラ以後”への萌芽も見え隠れする。・・・“シガテラ以後”というのは、シガテラまでの課題が「孤独の克服」だとしたら“シガテラ以後”は「孤独との付き合い方」が課題となる、ということ。
 おそらく4巻収録になるだろう「富岡さん 私でなきゃいけない理由ってあるんですか?」(←ウロオボエ)という羽田さんの言葉。それから今週号の「男はねぇ 家庭を持ったって結局は孤独なのよ」という新しいバイト先の店長の言葉。ここに、彼女という真実の唯一性に関わる問題が浮かび上がってくるように感じた。真実である彼女と家庭を持っても孤独なのはなんで?全てをわかりあうことが出来れば、孤独は感じないんじゃないの?という『シガテラ』で触れなかった問題がやはり顔をのぞかせる。
 今後このあたりに突っ込んでいくかはわからないけれども、間接的にではあれ、こうした疑問を抱えながら新たにまた孤独と付き合うことを模索するのではないか、という気がしている。
 古谷実ヤンマガの今週の一言に「失礼しました。一から出直します」と載せた。年内には新連載開始するという。全然迷走しても構わないと思う。その迷走すら見ていたい。
 『わにとかげぎす』は本当に良かった。