シャイな着ぐるみ死ね死ね団が、むき出し全裸で闊歩する不安 〜団員から見た稲中→シガテラ〜

 死ね死ね団員が「愛してる」と言うまでには(あるいは言ってからも)、非常に厳しい葛藤があります。前述の通り団員は自分をさらけ出すことに強い恐怖を持っています。そしてまた同時に、恋愛とは、弱い・かっこ悪い・恥ずかしい自分を相手に見せるものだからです。
 井沢が神谷さんにコクられて葛藤するシーン(「行け!稲中卓球部」6巻)や、すぐ夫がキスして傷つくシーン(「僕といっしょ3」巻)を読み、胸が詰まってページをめくれなくなる(←佐々木敦氏風)という体験をしました。好きなコと付き合う恐ろしさは、弱い部分を受け入れてもらえるのかという不安とイコールなわけです。むき出しの自分を見せて、自分の弱いところを全て見せて、なおかつ自分を受け入れてくれる人でなければ、僕ら団員はわけのわからないプライドor自意識から抜け出せません。井沢やすぐ夫のこの葛藤と痛みは、素の自分をさらけ出すことへの恐怖を持っている人にしかわかりえないと思います。僕は彼女に受け入れてもらえるのだろうか、という不安は、この社会に僕は受け入れてもらえるのだろうか、という不安を具現化した問題でもあります。(そして、この不安となんとか自分なりのやり方で折り合いをつけたのが、ヒミズシガテラだと思います)

 僕のように凝り固まってしまうと、ひとりでは絶対に「向こう側」へはいきません。「向こう側」とは、ちゃんとした世界です。グリーンヒルの主人公関口が言うところの人類最大の敵「めんどくさい」が渦巻く中でも、それらをきっちりやっていく世界です。「向こう側」では、物事に本気で取り組まなければならず、傷つくことや、ときには恥ずかしい思いも厭わずに、ひたすら耐えながら進まなければならないのです。非「立派」で、自分をさらけ出せない僕らにはキビシーです。そんな世界は怖くて、とてもひとりじゃ逃げ回って、見ようともしないでしょう。ですが、僕らは恋愛をすることで、この「向こう側」とコンタクトを取ることを考え始めます。横田チャンに、「ちゃんとしなさい」とキレられたりしながら(「グリーンヒル」3巻)、なんとなく考え始めます。そして、「向こう側」に住む人たちを、僕らは嘲笑なしで尊敬し、同時にどっかでそれは自分にできるのだろうか、と思ってしまいます。グリーンヒルは反実仮想で終わります。それは理想だけど、そうだったらいいんだけど、でも現実にそれをできるかどうかは別問題っていうスタンスです。そして、グリーンヒルの次にヒミズが来たのは当然の成り行きだったと思います。
 自分を「向こう側」に連れて行くか、それとも孤独に耐えうる強さを手にいれるか、ヒミズの主人公住田は一年間のオマケ人生でどちらかを決断しようとします(「ヒミズ」1巻)。少しヒミズのストーリーを説明します。住田という中学生は、ずーずーしい夢は見ない代わりに、普通になることを望みます。しかし母子家庭同然の彼でしたが、母親は男と失踪、そして父親の借金も背負わされるという「普通」じゃない方向に流されていきます。ある時、住田は自分の不幸の元凶である父親を衝動的に(?)殺害します。そして、それが社会にばれていない期間をオマケとして扱い、その期間を一年と定めて自分の考えをまとめる時間を作ります。グリーンヒルのあの物語の後、関口も横田チャンと付き合うことで、おそらくはこれと似たようなことを考えるのではないのでしょうか。関口の代わりに、とりあえず僕のケースなんですが、今付き合っている彼女と、このままずっと幸せでいたいです。でもこのままの関係でいるためには、二人がこのままでいてはいけません。僕が「向こう側」としっかりコンタクトを取って、その中で暮らしていければ問題ないんですが、それができるかわかりません。ようするに「成長」をしなければならないんですが、それができるかがわからないんです。彼女のことが好きなのは確かだけど、どうしてもちゃんとしようという努力ができない。このままでは別れることになるとわかっていても、団員をやめられないんです。今はその前の、不安定ながらもギリギリでバランスをとっている、まあつかの間の幸せな時期なんでしょう。それがオマケとしての一年間で試されるわけです。

 住田は、最後まで自分を「向こう側」につれていきません。普通になるためには、本当はまず自分をさらけ出さなきゃいけないのですが、最後まで住田が取った行動は、自分を見せず、貫くことでした。自首は、まさに自分を普通という「向こう側」の世界に連れて行く最大のチャンスで、なおかつ唯一の希望でしたが、住田は罪と共に自分をさらけ出すことをしません。自分をさらけ出すのはそれぐらい怖いことです。そんな僕のような人間にしてみれば、ヒミズは一方の解決策でした。誰かにわかってもらいたいという期待があって、でも受け入れてもらえるかわからない。だったら期待することをやめてしまえば、不安に怯える心配もない、というものです。孤独を寂しいと思わずに受け入れることができれば、最初から問題はないのです。

 もう一方の解決策は、単純な話ですが、自分を「向こう側」になんとかして連れて行くことです。それには、神谷ちよこ(行け!稲中卓球部)や小川ユキ(僕といっしょ)や横田チャン(グリーンヒル)や茶沢さん(ヒミズ)や南雲さん(シガテラ)のような、ダメな自分を受け止めてくれるような女性が必要です。井沢と神谷さん(行け!稲中卓球部)の詳細&その後がシガテラだったと思うのですが、南雲さんと共に幸せになることを決意し、実行した荻野くんは、紛れもなく「立派」なオトナでした。それは確かに、地獄の死ね死ね団的には後悔の要因となります。「僕はつまらない奴になった」やドゥカティへの憧れ(「シガテラ」6巻)は後悔でもあります。が、でもそれでもいいのです。もっと言ってしまえば、荻野くんには結局、何の不幸も起きなかった→元々つまらない奴だった(この辺りの指摘は佐々木敦「ソフトアンドハード」から勝手に僕が読み取ったことです)ということに気づくわけです。荻野くん的には、それでも構わないのだ、という風に見えます。少なくともシガテラの段階では。ただ、もしまたドゥカティを手に入れたら、荻野くんはどういう風に考えるのでしょうか。

 住田は、前野時代の死ね死ね団の団員バッジを捨てず、他者に受け入れてもらう期待を捨てました。絶望を選択することで不安を克服しました。そして荻野くんは、井沢時代のバッジと引き換えに幸せを手にいれて、不安を克服したかに見えます。しかし僕が気がかりなのは、荻野くんは結局南雲さんと一緒にならなかったことです。一時期、彼女がそばにいてくれるかどうかは、僕にとっての死活問題だ(「シガテラ」6巻)とさえ思っていた荻野くんが、南雲さんと別れてすっかり大人になっている。それはつまり、孤独に耐えられる人間になったということです。不安の源流は、むきだしの自分は果たして彼女(社会)に受け入れてもらえるのか、というものですが、あるとき、別に全てを見てもらわなくても、孤独だけど、不安を消すことができる、という段階に入ります。ひとりぼっちに耐えられるようになるのです。荻野くんが大人になったことについて、これが物語としての帰結なのかどうか、僕にはわかりません。ただ、最後まで‘ありふれた言葉を使うときは頬を赤らめる’ということが抜けていないのを見て、まだ死ね死ね団は息を潜めている、とニラんでいます。死ね死ね団は永遠だからです。

 ヒミズにしろ、シガテラにしろ、結局自分が孤独である、ということにいやでも気付くわけです(僕が勝手に決めた古谷作品のテーマは、「未知との遭遇」の逆さまで、We are aloneです)。それ以外の方法はないのだろうかと、僕はもう少し模索してみたいと思います。

 好きな女の子は、「向こう側」から死ね死ね団に送られた派遣使です。女の子は社会の側の人間の代表として、団員にあいさつをします。僕ら団員はここで異文化交流をすべきなのか、保守派として過激派の道を突き進むのかを迫られます。南雲さんを筆頭に、古谷実の作品には、上手に外交をしてくる優秀な派遣使が出てきます。でも僕が付き合っている彼女は、彼女らとは違う派遣使で、自らも「向こう側」にうまく適応していません。「向こう側」の中で「立派」に振舞うことはできませんが、それでもまだ「向こう側」以外の価値観を知りません。そのため「ちゃんとした世界」で「ちゃんとできない」自分はダメだという意識が強くなってしまい、自分を必要以上に責めてしまう子です。僕といっしょ村田マリコのような派遣使です。やっぱり付き合う以上、僕は彼女と甘え甘えられ、荻野くんのような変化もありました。でもその一方で、僕がしっかりしなくてはいっしょに倒れてしまう(「僕といっしょ」2巻)、という危機感から「スキを見せられない」という気持ちもあります。彼女の方はおそらく、全てを僕にさらけ出し、頼りきっているでしょう。僕はいく夫を守るすぐ夫、あるいはまた村田マリコと同棲してるときのイトキンよろしく、スキを見せられない、という気分になっています。

 僕といっしょには、稲中からグリーンヒルヒミズシガテラに進んだのとはまた別の方向が詰まってる気がします。孤独なのは確かだけれど、どうしていっしょになる必要があるんだろう、という疑問がある気がします。稲中から僕といっしょに進んで、その後途切れていた道が、シガテラで得た「孤独でも生きていける」という結論を経て、また開拓されようとしています。

 正直、古谷実の次回作は、イトキンと村田マリコの続きじゃないか、と思ってみたりしてます・・・
 
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