古谷実が3月下旬から新連載 〜「向こう側」との付き合い方に注目!〜

 まあ前の日記にも書いたけど、僕といっしょ村田マリコとイトキンのような関係が克明に描かれたらいいな、と思ってます。メインに置かれるかサブに置かれるかはどっちでもいいんだけど。とにかく「みんな孤独なのに、どうしていっしょにいるんだろう」ってのがどっかで描かれてて欲しいです、僕としては。 
 ポイントは、主人公に関わってくる女のコです。これも前回書いたけど、古谷作品の女の子は、向こう側(社会システム側)と、そこから疎外されている自分との間に立つ、向こう側からの派遣使です。なぜかダメな自分を好きになってくれて、なんとか向こう側にいれてくれようとする。稲中では神谷ちよこ、僕といっしょでは小川ユキ、グリーンヒルでは横田ちゃんやリーダーを好きになる女性、ヒミズでは古谷作品最強の優しさを持つ茶沢さん、そしてシガテラでは南雲さんが、それぞれ主人公を救済するorしようとする聖母となっております。
 今回の作品では、どんな風な女のコが主人公に関わるのでしょうか。僕はその推測のひとつとして、僕といっしょから変化したイトキンと村田マリコの関係が描かれる、と見てみます。 
 僕といっしょは、稲中以降の3作品(グリーンヒルヒミズシガテラ)の流れとは違っていて、向こう側にいながらもその中で困ったり、うまくいかなかったりと、向こう側なりの悩みを抱えた女性たちが描かれています。
 ひとりは準主役ともいえる吉田あやこ。彼女は向こう側にいる人間ながらも、「人生って何?」と思春期丸出しの感情を抱えて、向こう側とこっち側の境界ギリギリにまでやってきます。それがヤングホームレスのすぐ起やイトキンたちに接近するきっかけです。
 そしてもうひとりは、イトキンと恋仲(?)になる村田マリコです。
 彼女は今後の古谷作品を占う上でとても大切な存在だと思うんですが、稲中からシガテラまで描かれ続けた、「自分がダメなのは社会のせいだ」という責任転嫁型のダメ人間ではなく、「自分がダメなのは自分のせいだ」という、自己責任型のダメ人間です。
 責任転嫁とか自己責任とかって言葉で表現しましたが、実はこれは一概にどっちが悪い考え方か、ということはできません(まあ強いて言えば責任転嫁型の方が今日的と言えるのでしょうか・・・?)。責任転嫁型のダメ人間は、自分を、社会に適合できない人間のひとつのモデルとして捉え、社会の欠落部分を指摘する視点を持っているわけです。対して自己責任型のダメ人間は、自分をモデルのひとりとは捉えず、あくまで主観から考えます。そのため、社会の欠落部分を考える以前に、社会に適合できないのは、自分に欠如したものがあるからだ、という個人の欠落部分の指摘に努め、社会の万能性を信じて疑わないようなところがあります。
 「責任転嫁」や「自己責任」と書くとニュアンスに囚われそうになりますので、今後は(本日の日記以降も)便宜上、責任転嫁型を稲中的ダメ人間とし、自己責任型を村田マリコ的ダメ人間と呼ぶことにしましょう。
 社会とは全ての人を含むものとされながら、ある一定の基準を満たせない者は拒絶するという矛盾を、そのシステムの内に孕んでいます。今後の作品では、稲中的ダメ人間の視点とともに、村田マリコ的ダメ人間の視点が、僕といっしょ以上にクローズアップされていくことを期待しています。
 これから連載がはじまるにあたり、それらを一話ずつまとめながらこのサイトも更新していこうと思います。
 この文章に何かしら得るところがありましたら、クリックをお願いします。→人気blogランキングへ