「わにとかげぎす」第4話:目撃者 〜運命=「バケモノ」=不幸の「手紙」〜

 この文章は書きかけです
 今回のあらすじは割愛。てかこれからは書くの止めますね、ネタバレするし。
 ヒミズに出てきたバケモノってのは、「運命」=「人智を超えた何か」=一つ目の「バケモノ」って流れだったと思うんですが、わにとかげぎすの手紙ってのもその流れなのかもしれません。今日ヤンマガ読んでそう思いました。
 あの部屋の住人は「マジメが度を越えて」自殺してしまった、という噂。これってヒミズの住田を彷彿とさせますね。そしてその青年が「運命」にガチンコで決着をつけた場所に住むホームレスのおじさんは、こんなスタンスです。「神なんていねーよ もしいたら俺はショックで寝込んじゃうよ」。マジメに考えて悩んだりせずに、さっさと見切りをつけて、もっと自分勝手&いい加減に生きる知恵を持っています。つまり、大人なわけです。
 住田が頑張って特攻を挑んでも、みんなそんなの全く気にせず、その屍を踏んづけながら、飲み食いして生きるわけです。
 さて、最近というかヒミズ以降、水木しげるのような妖怪らしきものをちょくちょく描いている古谷実。妖怪ってのはどういう存在でしょうか。ちょっと話はそれますが、僕が昔日本のカミについて書いた原稿がありますので、載せておきます。


 日本のカミってのはキリストとか仏陀とか、そういったこぎれいな、というかあまり褒められた神様ではありません。人間のためを思って、いつも慈悲にあふれた心で私たちを見ておられるわけじゃありません。あいにく、非情で残酷なところも持っている、怖いカミです。
 もちろん、カミ様は人間を憎んでるわけじゃありませんから、五穀豊穣といって、畑に作物をたくさん実らせてくれることもあります。しかしそうかと思えば、いきなり雨を大量に降らせて、農作物をだめにしたり、人間を簡単に殺したりします。結構次の読めない、気まぐれなカミなんですね。別に人間を特別視してるわけじゃない。んで、日本人はそうしたカミの顔色を見ながら、暮らしていたわけです。
 日本人が昔から住んでいた場所というのは、こういう(絵を描きながら)場所です。ようするに、山があって、海があって、その間の平地の部分です。ここをカミサマからお借りしたんですね。ここから山の奥(oku)と沖(oki)には鳥居を立てて、そこから向こう側はカミの世界、としたわけです。つまり人間の安定した毎日を保障する日常の世界と、カミガミの住む、人間にとってはおちおち夜も寝られないような世界を非日常として、しっかりとわけたんですね。ちなみに鳥居っていうのは一種の門でして、カミを迎えるときはその門をくぐってきてください、とまあ失礼を承知でカミサマにお願いしてるんですけど、この辺はまあやりだすとキリがないので割愛します。
 とにかく山や海というのは人間が立ち入らない世界、つまり非日常で、そこには人間の想像をはるかに超えた力を持つカミが、ものすごい力を持って暮らしている、というのだけ理解してください。
 
 なんかエラソウな文章書いてたんですねw
 妖怪は、カミの一種です。でもどちらかというと、鳥居のこっち側にいるカミに使われることが多いです。鳥居は引用部分にもある通り、勝手に人間側から立てたものですから、それに従わないカミだっているわけです。日常のふとした瞬間に、何か唐突に不思議な感覚にとらわれたりする。そんな時、日本人は昔から妖怪を想像していました。ひとりで夜道を歩いていると、誰かが後をつけてくるような気がする。これはきっと「べとべとさん」がついてきてるんだ。みたいな。ヒミズの一つ目のバケモノなんてまさに妖怪でしょう。普通という日常の世界にいるときに、ふと不安に捕らわれてしまう。そんなときは、必ずバケモノが笑っている・・・。
書きかけです

この文章に何かしら得るところがありましたら、クリックをお願いします。→人気blogランキングへ